リビングルームに入るとすぐに、照明、温度、テレビの設定などがスマートフォンに表示されると想像してみましょう。リビングを出て寝室に入ると、今度はスマートフォンに寝室のスマート・デバイスの設定が自動的に表示されます。
デバイスがあなたのスマートフォンを利用して住宅などの建物内におけるあなたの現在地をセキュアかつ正確に特定していれば、このようなことが実現します。 チャネル・サウンディングは生活を便利にするだけでなく、エネルギー管理にも役立ちます。たとえば、Embedded Worldで行われた NXPのチャネル・サウンディング・デモ では、チャネル・サウンディングを使用してエアコンのオン/オフを自動的に切り替える機能をご紹介しました。次世代のBluetooth LE規格により、チャネル・サウンディング¹と呼ばれるテクノロジを利用する「位置特定」機能が、Bluetoothと同じくらい普遍的なものになる可能性があります。
距離測定は既存の技術
Bluetoothを利用して距離測定を行うというアイデアは新しいものではなく、この目的のために導入されたテクノロジが既にいくつか存在しています。Bluetooth規格が導入されてからまもなく、受信信号強度表示 (RSSI) によって大まかな距離を推定するという手法が用いられるようになりました(図1参照)。RSSIはシンプルであり、すべてのBluetooth無線デバイスでサポートされる一方で、欠点も多く、精度が非常に限定されており、セキュリティも脆弱です。図2に示すように複数のアンテナを使用したAngle of Arrival/Angle of Departure (AoA/AoD) によってRSSIの精度は向上しますが、セキュリティの脆弱性には対応できません。また、AoA/AoDが正しく機能するにはアンテナを正確に設計して配置する必要があるため、コストがかさみ、製造にも困難が伴います。さらに、最終製品でのアンテナ位置の許容誤差が非常に小さく、アンテナの位置が少しでもずれると精度が低下します。なおかつ、RSSIとAoA/AoDによる信号強度測定は、どちらも壁や物体から跳ね返る信号の影響を受けます。この2つの方法に限界があることから、Bluetooth SIGは チャネル・サウンディングと呼ばれる代替手段について検討を開始しました 。
図1 - 受信信号強度表示 (RSSI) は受信信号の強度を用いて距離を推定
図2 - AoA/AoDはアンテナ・アレイを用いて距離を推定
RSSIやAoA/AoDによる距離測定は、「中間者攻撃」に対して非常に脆弱です。この方法による距離推定は信号強度に完全に依存しているため、図3に示すように攻撃者がその信号をブーストできれば、受信側デバイスが強い信号を受け取り、実際よりもはるかに近い距離であると推定します。これは、ドアロックなどの用途で深刻な問題をもたらします。攻撃者はエンド・ユーザーがドアに接近する前にドアのロックを解除できるからです。たとえば、商業施設などでは、従業員が車を駐車場に停めている間に攻撃者が建物のドアを解錠する可能性があります。
図3 - 攻撃者がトランスミッタの信号をブーストする「中間者」攻撃
チャネル・サウンディングを利用しましょう。NXP初のBluetoothチャネル・サウンディング搭載ワイヤレスMCU、MCX W72の詳細をご覧ください。
精度の高い距離測定方法
チャネル・サウンディングは、Bluetooth LEを利用して距離を推定するための、気キュアかつ高精度の標準となる予定です。図4に示すように、チャネル・サウンディングではTime of flight (ToF)とRound-trip phase (RTP) という2つの異なる測距技術を標準のBluetooth LEのデータ・フローに取り入れています。イニシエータがToFパケットをリフレクタに送信し、リフレクタが最初の通信を受信したことを示すToFパケットでそれに応答します。イニシエータは、光速を基準としてセキュアに概算距離を推定することができます。次に、イニシエータが一連のトーン信号をリフレクタに送信し、リフレクタがそのトーン信号をイニシエータに送り返します。このトーンの位相遷移を利用して、より正確な距離測定が可能になります。チャネル・サウンディングではこの2つの技術を使用し、屋外環境において+/- 0.5 mの精度を達成しており、2つのBluetooth LEデバイス間の距離をセキュアかつ正確に測定する手段として利用できます。
また、チャネル・サウンディングによりセキュリティが大幅に改善され、既存のテクノロジに伴う「中間者攻撃」のリスクも解消されます。これは、攻撃者が再現できない暗号化されたタイムスタンプ付きパケットを距離の推定に使用することで実現されます。さらに、チャネル・サウンディングではToFとRTPの測定値を比較して同様の結果になっていることを検証します。このような手法により、チャネル・サウンディングは堅牢なセキュリティのための強固な基盤となります。
図4 - チャネル・サウンディングの測定方法
チャネル・サウンディングはBluetoothでの位置特定に多くの利点をもたらすことから、NXPを含む多くのシリコン・ベンダーが既に自社のチップセットにサポートを追加しています。イニシエータ・デバイスとリフレクタ・デバイスの両方がチャネル・サウンディング機能に対応している必要があります。スマートフォンでチャネル・サウンディングの導入が進めば、この機能はすぐに一般的なものになると考えられます。
NXP製品でのチャネル・サウンディング実装
ToFとRTPによる距離推定アルゴリズムは膨大な演算処理を必要とするため、一般的なBluetooth MCUでは瞬時にコアの負荷が過大になる可能性があります。NXPが最近発表した MCX W72ワイヤレスMCUファミリ では、「位置特定」機能を備えた製品を迅速に市場に投入できるよう、新しいBluetoothチャネル・サウンディング規格がサポートされる予定です 。MCX W72ファミリには、距離推定アルゴリズムのレイテンシを下げ、演算負荷を軽減するローカリゼーション・コンピューティング・エンジン (LCE) が搭載されています。MCX W72は、Matter、Thread、Zigbee、Bluetooth LEをサポートするセキュアかつ柔軟で堅牢なマルチプロトコル・ワイヤレスMCUファミリであり、ビル・オートメーション、スマートホームなどのワイヤレス・コネクテッド・デバイスをターゲットにしています。図3は、ローカリゼーション・コンピューティング・エンジンを含む、MCX W72のフル機能セットのブロック図です。
図5 - ローカリゼーション・コンピューティング・エンジン (LCE) を搭載したMCXW72のブロック図 ブロック図をダウンロードすると、拡大図がご覧いただけます。
イノベーションの基盤を築く
Bluetoothチャネル・サウンディングによってもたらされるセキュリティと精度を、特に 超広帯域無線 (UWB) といった他のテクノロジと組み合わせることで、数多くの革新的な新しいインダストリアル&IoTアプリケーションの可能性が広がります。UWBでは広帯域の短いパルスを使用して、短距離の距離測定をセキュアかつ高精度で実行でき、多くの場合はセンチメートル単位の精度が得られます これら2つのテクノロジを組み合わせることで、総合的なユーザー・エクスペリエンスを大幅に高められる可能性があります。 たとえば、自動車でBluetoothチャネル・サウンディングを使用することで大まかな長距離測距をセキュアかつ正確に実施し、ユーザーが車両に近づいた時点でUWB無線デバイスをオンにすることができます。この手法ではUWB無線デバイスのオフ状態が長く維持されるため、車両とユーザーのスマートフォンの双方の消費電力を削減できます。スマート・ドア・ロック向けの新標準であるAliroは、Bluetooth RSSIでの測距とUWBを組み合わせたもので、Bluetoothチャネル・サウンディングを利用した将来のイノベーションの基盤となります。超広帯域無線 (UWB) セキュア・レーダーおよび高精度測距向けの製品群である NXPのTrimension®ポートフォリオ は、最近発表されたMCX W72ワイヤレス・マイクロコントローラと組み合わせることで、位置特定用途のための完結したプラットフォームとなります。
Bluetoothチャネル・サウンディングの登場は、Bluetoothおよび位置測位テクノロジのまったく新しい可能性を切り拓く画期的な出来事です。スマートフォン・チップセットの主要ベンダーがチャネル・サウンディングのサポートを発表しており、近い将来、多くの新しいスマートフォンにBluetoothチャネル・サウンディングが搭載され、正確でセキュアな測距が可能になると見込まれます。この機能によって実現できる革新的なIoTアプリケーションは無数にあります。ドアのロックや車のキーはほんの始まりに過ぎません。
¹Bluetooth SIGは、Bluetooth仕様の草案に基づいてチャネル・サウンディング・テクノロジを開発していますが、この草案は今後変更される可能性があります。Bluetooth SIGは、チャネル・サウンディングを含む仕様の最終バージョンについて、2024年下半期のリリースを予定しています。