毎年恒例のスペインのバルセロナでのMobile World Congressから戻った今、テレコミュニケーション分野における「ホット」な話題、非地上系ネットワーク (NTN) について語りたいと思います。5G NTNは、近年NXPのLayerscapeプロセッサが大きく牽引している市場です。
ところで、このNTNとは何なのでしょうか。宇宙人と話をすることとは(今のところは)何の関係もないので、ご安心ください。そうではなく、NTNとは、既存の(地上系)ワイヤレス通信ネットワーク(Verizon、Vodafone、中国移動通信などが運営)を衛星ベースのシステムで増強するものです。その主な目的は、ワイヤレス通信のカバー範囲を真に地球全体にまで拡張することです。
この概念は新しいものではありません。モトローラのレガシーを引き継ぐ私たちの中には、2000年代初頭より衛星ネットワークから携帯電話へのアクセスを提供していたイリジウム衛星コンステレーションを思い出す人もいることでしょう。衛星通信が全世界をカバーすることで、国境や地域の運営事業者に制約されることなく、エンド・ユーザーに利益がもたらされます。しかしながら、イリジウムは時代を少し先取りしすぎていたようです。当時の技術的な限界も要因となり、この構想は莫大な費用を投じたニッチなアプリケーションとして終わりました。
市場の変化による影響
では、なぜ現在では状況が異なり、NTNが成功軌道に乗っていると言えるのでしょうか。これにはいくつかの要因があります。第一に、再利用可能な新しい衛星が登場し、衛星の打ち上げコストが大幅に低下しています。スペースXはこの分野で突出した企業であり、再利用可能なテクノロジによってコストの削減を実現しています。今では参入障壁がかなり低くなり、民間のプレイヤーにも市場が開かれています。2つ目の要因は、無線インターフェースの標準化です。5Gの差別化要因の1つとして、波形が柔軟に定義され、非地上への配備をサポートしている点が挙げられます。これにより、5Gエコシステムのコンポーネントやインターフェース、ソフトウェア・スタックの再利用など、NTNのユース・ケースにおいて大量の(地上系)テクノロジを再利用できるようになります。また、複雑さと時間的制約が緩和され、コストとリスクの低減にもつながります。3つ目の要因は、市場の需要です。世界の人口の約半数にまだ通信サービスを利用できていないことを背景に、莫大な市場機会と政府からの経済的支援の機会の両方が存在しています。
地上基地局、衛星、ターミナル・ユニットによる一般的なNTNシステム ブロック図をダウンロードすると、拡大図がご覧いただけます。
NTNのターゲット・アプリケーション
NTNは、機能、アーキテクチャ、実装が一様というには程遠いものです。これは、次のような幅広いアプリケーションを対象としています。
- ブロードバンド・ワイヤレス - 消費者にとって最も馴染みのある「自宅(モバイル)のインターネット」アプリケーションです。明らかなアプリケーションとして、従来の(有線)インターネットのインフラが整備されていない農村部へのサービス提供などがあります。国連によれば、世界の人口の約半数がインターネットにアクセスできていません。
- IoT (Internet of Things) - 相互にまたはインターネットに(あるいはその両方に)無線で接続されている、さまざまな「モノ」の市場を指します。IoTにおける「モノ」の尺度は、1日の通信量がわずか数ビットといった農業用センサなどの極めて小型のモノから、1秒間の通信速度が数ギガビットといった自動車などの大型のモノまで、実にさまざまです。
- ポジショニング、ナビゲーション、タイミング (PNT) - 全地球衛星測位システム (GNSS) の市場は数千億ドルにも上り、自動運転車やドローン、および正確な位置情報に依存するその他のモバイル・ソリューションの出現により、今後さらなる拡大が見込まれます。しかし、現在のGNSSソリューション(GPS、Galileoなど)には、屋内でのカバー範囲(リンク・バジェットの問題)や精度(まだセンチ単位に届かない)、セキュリティ(なりすまし)などの制限があることがわかっています。
NXPが実現する非地上系ネットワーク (NTN) システム。インターネットを宇宙にまで拡張する、NXPのLayerscapeプロセッサについてご覧ください。
コンステレーションの種類について
衛星ネットワークは、コンステレーションの種類によって定義されています。これは、地上と衛星ステーション間の距離に基づいてネットワークの構成を定義するものです。配備する衛星コンステレーションの種類を選択する際には、打ち上げる衛星の必要数、衛星ごとのコスト、レイテンシ/スループットに関する考慮事項などの要因の間でバランスを取る必要があります。コンステレーションには、GEO、MEO、LEO(および、あまり知られていないHAPSとHEO)といった種類があり、衛星と地球間の距離によって定義されています。
- GEO - 静止軌道。これらの衛星は高度36000 kmを周回しています。衛星はこの高度で地球の自転と同じ速度で移動するため、地球上の同じ位置に留まります。このため、GEOシステムは、北米のテレビ放送など「局所的な」(地理的な縛りがある) サービスに適しています。GEOは、衛星から地球までの距離が長いため、幅広い範囲(大陸レベル )をカバーします 。また、高価であるほか、レイテンシが大きいため(往復で約550ミリ秒)、リアルタイム通信に課題があります。
- MEO - 中軌道。これらの衛星は高度5000~20000 kmで周回しており、(LEOとともに)非静止衛星軌道 (NGSO) です。MEO衛星システムの最もよく知られた例は、おそらく全地球測位システム (GPS) でしょう。GPSは、高度が約20200 kmの準同期軌道と呼ばれる軌道を周回している点が特徴的です。これは周期が12時間の軌道で、毎日赤道上の同じ2つのスポットを通過します。
- LEO - 低軌道。これらの衛星は高度500~1200 kmを周回しています。この高度では、ユニットの打ち上げコストが他の2つのシステムに比べてはるかに低くなります。そのため、この軌道には数千もの運用衛星があり、科学、通信、画像などさまざまなニーズを見たすために使用されています。LEO衛星の地理的カバー範囲は最も狭く、これは広い範囲をカバーするには多くの衛星(10~100基)が必要なことを意味します。また、この衛星は地球を高速(1周2時間未満)で周回しています。LEO衛星は大気ドラッグの影響を受けるため、軌道が徐々に歪み、衛星の寿命が7~10年に制限されます。
ここで概説した、限られた寿命、優れた(リアルタイム)パフォーマンス、多くの衛星が必要といったLEOの特長を組み合わせて考えてみてください。このようなLEOシステムの特長は、特にイノベーションにとって魅力的です。これには、近年新規参入した低コストの商用宇宙開発企業を利用した「バッチ」打ち上げも含まれます。
NTNシステムのカバー範囲に関する主要な課題 - 1つの衛星でどれだけ大きな地球断面をカバーできるか ブロック図をダウンロードすると、拡大図がご覧いただけます。
NTNと標準化
標準化に関しては、3GPPコンソーシアムにおいてNTNの標準化がリリース15と16での3GPP検討項目ともに徐々に進められています。3GPPのリリース17では、3GPPスタックをブロードバンドとIoTの両方のアプリケーションをサポートするよう適応させることに焦点を当てた規定作業が開始されています。3GPPスタックのいくつかの側面は、宇宙への打ち上げ固有の課題に取り組むための最適化の対象となっており、それにはドップラー効果や伝搬遅延、高ラウンド・トリップ・タイム (RTT) などの物理層の課題が含まれます。これは再送信アルゴリズムと、衛星の情報を含めて非モバイルUEのハンドオーバーをサポートするために強化する必要があるコントロール・プレーン・シグナリングに影響を与えます。
コンポーネントとストレス要因
半導体コンポーネント・プロバイダであるNXPにとって興味深いのは、宇宙ではコンポーネントへの(電気的)ストレスのかかり方が地球上とは異なるという点です。このストレスは、温度(極端な温度変化)や振動、放射線など、さまざまな形で発生します。より高軌道のシステムでは、ヴァン・アレン帯の外側に位置し、より高レベルの放射線にさらされることから、「耐放射線」(rad-hard) コンポーネントと呼ばれるものが必要です。これには想定寿命があります。衛星の寿命は地球からの距離が離れるほど長くなります。GEO衛星の寿命は一般的に15年以上ですが、LEO衛星の場合はその半分といわれています。寿命が長いデバイスは、明らかに寿命全体にわたってより高レベルの放射線にさらされます。
コンポーネントへのさまざまなストレス要因とコンポーネントに求められる寿命(これらのシステムは通常、10年以上にわたって運用される)とが組み合わさり、衛星システムに対して「認められる」コンポーネントの数は、地球上で民生用製品として使用されるものと比較して劇的に少なくなります。このような「宇宙認定」のコンポーネントやサブシステムに特化したベンダーも存在します。
標準化された (O-RAN) 5Gコンポーネントを再利用する衛星システムのアーキテクチャ。 ブロック図をダウンロードすると、拡大図がご覧いただけます。
複雑さが設計を推進
既述のとおり、これらのNTNシステムには、設計されるシステムへの一連の課題が存在します。それにはシステム設計の複雑さ(ドップラー効果への対応、信頼性、メッシュ・ネットワーク・オプションなど)、相対的に少ない数量(数百万ではなく数千個単位)、利用可能なコンポーネントの制限(耐性のあるコンポーネントが必要)、大容量(最大数百Gbps)などがあり、これらのすべてがエンジニアリングにも複雑さをもたらします。このエンジニアリングの複雑さは直感的に、より小さなサブシステムを繰り返しインスタンス化できるモジュール設計を推進させます。これにより、そのようなサブシステムの最適化にエンジニアリングのエネルギーを集中できるようになるためです。そして、まさにこのモジュール性によって、各企業が大規模なNTNシステムの小さな側面を最適化できる、小規模な業界のプレイヤーによるエコシステムが実現します。
宇宙のように巨大な可能性
NXPがこの分野に着目しているのはなぜでしょうか。私たちの製品は衛星だけでなく地球上の民生用のターミナルにも活用されており、NTNの市場は商業的に大きな可能性を秘めていることを私たちは認識しています。多くのNXP製品はプログラム可能で柔軟かつ開放的な特性を持っており、お客様がNTNで直面する固有の問題を解決するのに役立ちます。あなたはどのようなNTNの未来を思い描きますか。