この5月に開催されたParks Associates のCONNECTIONSカンファレンスで、スマートホームの相互運用性に関する興味深いパネル・ディスカッションに登壇しました。そこでの質問は根源的なものであり、私たちは多岐にわたる内容をカバーしました。しかし、私にはまだ言い足りないことがあります。
スマートホームに関して言えば、「相互運用性」とは立場によって捉え方が異なります。消費者の場合、選択肢、柔軟性、簡単なセットアップ、ハッキングされないという安心感を求めています。そしておそらく他の何よりも、デバイスが「ちゃんと動く」ことを望んでいます。
製品メーカーの場合、できる限り大きな市場にプラットフォーム・アプローチで対応できることを求めています。取引先毎に個別のSKUを持ちたいとは考えていません。リソースのコストを削減したいと考えています。IoT業界では、テクノロジの融合と共存を求めています。これは市場の成長を加速させるために不可欠であるからです。多数のテクノロジの競合や市場の細分化は、業界の成長を妨げることはあっても、助けになることはありません。
相互運用性規格の導入
消費者にとっての最善が導入を促し、それは成長をもたらす
「上げ潮はすべての船を持ち上げる」という格言をご存じでしょうか。規格は、市場規模を拡大させることで潮流を引き上げます。それはまさしくデバイス・メーカーが望んでいることです。
たとえば、Matter規格が登場するまでは、デバイス・メーカーは一度に1社のパートナー向けに構築したり、スタック・ソリューションのすべてを自社で構築したりする必要がありました。Matterを活用すれは、メーカーは1つのプラットフォームの構築に投資するだけで複数のパートナーに対応できるようになります。そして消費者は、スマートホーム・デバイスをMatter対応のあらゆるシステムやプラットフォームに接続できるようになります。今日では既に、Matter対応の家庭用スマート・デバイスの数が何百万(さらに増加中)にものぼっており、デバイス・メーカーがターゲットとする市場が拡大しています。
規格が成長に及ぼす乗数効果
規格の導入と差別化された機能の創出はトレードオフの関係にあるのではないかと見る人もいます。ですが実際のところ、規格には乗数効果があります。規格には、物事をシンプルかつ信頼性が高くすべての人が利用できるものにする「配管」のような役割があります。差別化はこの基盤の上に成り立ちます。
Matterはデバイス間の通信を標準化するスマートホーム・プロトコルです。この標準化により、ブランドをまたいだデバイス間やそれらのデバイスを制御するすべての主要なスマートホーム・プラットフォーム間に互換性と相互運用性がもたらされます。デバイス・メーカーは、ユーザーに価値をもたらす差別化されたエクスペリエンスの革新や創出にリソースと投資を集中できるようになります。
相互運用性はサービスの基盤を提供
ブランドやプラットフォームの垣根を超えた相互運用可能なスマートホーム・デバイスは、サービスを構築するための基盤を提供します。これは、DIY市場やサービス・プロバイダにも当てはまります。あるレベルの相互運用性があれば、より多くのデバイスが相互に接続および通信し、有意義かつ包括的なデータをローカル・ネットワーク上で提供することができます。企業はこのデータを使用して、セキュリティやエネルギー・マネジメント、高齢者の介護などのサービスを構築し、真の影響力を持つ真の価値を提供することが可能です。
デバイス・メーカーが差別化を実現する方法
必然的に、デバイス・メーカーは規格の範囲内でどのように差別化を実現できるのかといった疑問が生じます。その答えは、ユーザーのスマートホームとの関わり方を差別化することです。接続されたデバイスの数が多いほどデータの量も増え、それを活用してインテリジェントで自律的なスマートホーム・エクスペリエンスを実現することが可能になります。
例を示すと、CES 2024にて、NXPは自律型ホーム・エクスペリエンスのデモを披露しましたが、そこではMatterを相互運用可能なスマート・デバイスの基盤として使用し、パーソナライズを実現しました。このパーソナライズ体験では、超広帯域無線 (UWB) 対応スマートフォンを用いました。スマートホームでは、ドアに入った人物がスマートフォンに基づいて特定され、照明やブラインド、温度計の設定がその人の好みに合わせて調整されました。この自律型ホームのデモでは、センサとAI/MLによる学習アルゴリズムを搭載したスマート・サーモスタットが環境を分析し、パターンに対応し、消費電力を調整して電力を節約しています。
規格は、低価格の汎用デバイスにも好機を与えるのでしょうか。もちろんです。ただし、それは決して悪いことではありません。なぜなら、市場への参入障壁が低くなることで市場に革新的な新製品がもたらされ、Matter互換のスマートホーム・システムの認知度が高まるからです。また、それらの製品が差別化の弊害にならないかという懸念については、決してそうはなりません。その証拠に、Bluetooth®がオーディオ業界で何を実現したかを考えてみてください。ワイヤレス・ヘッドホンは10ドルで買えるでしょうか。もちろんです。しかし、それはSony®やBose®やApple®が規格に基づいて需要が高く差別化された製品を開発する機会を制限するものではありません。
相互運用性を実現するための課題
コスト
相互運用性に関して最も多く質問や懸念として挙がるのが、コストの増大です。これについては、相互運用性を実現「しない」とどれだけ高くつくかを逆に問いたいです。物事がうまくいかなかったり、設定や使用が難しかったりすると、消費者の不満が募ります。そのような場合、悪いレビューやデバイスの不買につながり、そのすべてがデバイスまたはサービス企業のブランドに悪影響を及ぼすことが避けられません。
また、独自のテクノロジを使用することもコストの上昇につながります。これらのテクノロジには、業界のトレンドに合わせて維持し、対応し、進化させるためにより大きな投資が必要になります。相互運用性をもたらす規格を取り入れれば、企業は業界全体としてのリソースを活用して業界の課題に対処することができます。当然ながら、規格の導入と認証にはコストが伴います。しかし、スマートホームのプラットフォーム毎に多数のSKUを作成したり、独自のテクノロジを維持したりするためのコストが不要になるため、所有コストは総じて低くなります。
規格か、設計の柔軟性か
私はThreadグループの設立時から取締役を務め、さらに2018年以降はConnectivity Standards Alliance (CSA) でも取締役を務めていますが、実体験として、これらの組織は市場のニーズと加盟企業の意見に基づいて規格を策定するメンバー主導の組織であることを知っています。これらの組織はバリュー・チェーン全体におよぶ世界中の企業からの代表者を有し、それぞれが市場のニーズや事業課題について独自の視点を提供しています。CSAおよびThreadグループは、コンセンサスに基づいた意思決定を推進するためのプロセスや手順を備えています。企業が標準化団体に参加したり、深く関与するNXPなどのパートナーと緊密に連携したりすることで、個々の企業ならびに業界全体にメリットをもたらす規格の策定へとつながります。
新しい規格への移行過程と他の規格との共存
企業が新しい規格を導入する際には、他の規格および独自のテクノロジに基づいた既存の製品やポートフォリオと共存しながら、新しい標準への移行過程を進めなければならない、という明らかな課題が伴います。Matterに関しては、この課題に対処するための重要なポイントがいくつかあります。
- MatterとThreadにはオープンソース実装が付属しています。これらの組織は、仕様を策定するのみならずテクノロジの導入に長けたコミュニティを有しているため、開発者は多くのツールを利用できます。
- Matterではこの課題が初めから念頭に置かれており、立ち上げ時にサポートされるデバイスのタイプや機能にブリッジを含めることで課題に対応しています。Matterのブリッジは、非インターネット・プロトコル (IP) ベースのデバイスをMatter対応スマートホーム・システムに組み込むことを可能にします。
NXPは、IoT市場における長年の経験と幅広く奥深いポートフォリオを有しており、この移行をサポートする信頼できるパートナーです。センサからゲートウェイまで、幅広い種類のデバイスに対応できる包括的なポートフォリオを提供しています。NXPでは、Matterの導入時およびその後にMatterベースのコネクティビティ、プロセッシング、セキュリティ、IoTテクノロジ・イネーブルネント(ローカル音声制御、AI/ML、豊富なユーザー・インターフェースなど)といった革新的なエクスペリエンスを構築する際のシステム・レベルの要件に着目しています。NXPのMatterソリューションをご覧ください。
相互運用性の有望性
では、スマートホームの相互運用性の促進において最も有望なこととは何でしょうか。Matterは、エッジ・コンピューティングのイノベーションにとって大きな好機となりえるコネクティビティ・プロトコルです。Matterは、すべての主要なスマートホーム・プラットフォーム・プロバイダから支持を得ています。これは重要です。また、MatterはIPなど実証済みの最新テクノロジに基づいているため、他のテクノロジとの融合や共存に柔軟性と効率性をもたらします。例えば、Matterではスマート・デバイスが相互に通信するための共通言語としてのアプリケーションが定義されており、既存のテクノロジを使用してデバイス間の通信を行います。低消費電力のメッシュのニーズではThread、広帯域のユース・ケースではWi-Fiが使用されます。また、Matterでは、セキュア・プロビジョニングとデバイス認証プロセスを実装するために実績のあるセキュリティ規格を採用しています。
Matter対応スマートホーム・ネットワークのトポロジ
相互運用性を実現するMatterにより、エネルギー・マネジメント、サステナビリティ、セキュアなネットワークなどさまざまな世界的トレンドへの対応が可能になります。NXPは、システムレベルの半導体企業および業界の協力者として、スマートホームを真にインテリジェントなホームへと移行するためにMatterで構築できるAI/ML、UWB、近接測距などのIoTテクノロジを備えています。さらに、NXPはオースティンにスマートホーム・イノベーション・ラボを設立しました。このラボでは、パートナーやお客様と連携し、画期的かつ革新的なソリューションとスマート・エッジ・テクノロジを使用して、複雑なスマートホームの課題を予測し、解決することができます。
今後の展望
業界におけるこの取り組みはまだ始まったばかりです。この先、Matterがデバイスやホーム・ネットワーク・インフラストラクチャにまで普及し、Matter対応デバイスの種類や機能が拡充されるにつれて、消費者そして業界全体にとって多くの恩恵がもたらされることでしょう。
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