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NXPは産業界と学術機関が協力して新しい製品や新しいイノベーションを形にできるよう支援することを目的に、コミュニティを中心として新しいソフトウェア無線 (SDR) プラットフォームをサポートしてきました。この取り組みの最終的な目標は、開発用ハードウェアをソフトウェア・ベースにすることで価格を下げ、誰もが手軽に使用できるようにすることです。
新しいハードウェア、新しいソフトウェアの開発に参入するにあたり問題となるのは、「大企業」のようなリソースがなかったり、業界にコネがなくリソース不足を補えなかったりすることです。時間の経過とともに技術が進歩していく理由の1つは、ハードウェアが常に複雑化し続けていることです。たとえば、PCBの設計と製造方法は、この20年の間にはるかに複雑化しています。加えて、ソフトウェアも複雑化しています。オペレーティング・システム、ドライバ、アプリケーションの複雑さも高まる一方で、1人の個人が管理できる範囲を超えています。
では、この問題を解決するために業界は何をしているのでしょうか。一般的な取り組みとしては、リファレンス・デザイン・キットやシングル・ボード・コンピュータなどがあります。たとえばマイクロコントローラの分野では、MCXマイクロコントローラ向けのFRDM開発プラットフォーム・キットが提供されており、パートナーはこれを利用して迅速に開発を進めることができます。
これは効果の高い施策ですが、アナログ、デジタル、信号処理、無線、従来型コンピューティングがすべて1つのハードウェア/ソフトウェア製品に組み込まれる電気通信分野など、複雑で「異種混在」の分野については、このような取り組みが行われることはまれです。
これこそ、LA9310ソフトウェア無線 (SDR) 製品によって解決を目指している課題です。NXPが「世界初」を主張できるかどうかはわかりませんが、非常に意欲的な価格設定でFPGAレス(そのためコーディングが容易な)SDRプラットフォームを提供するという意味で、革新的な取り組みであることは確かです。
この画期的なプロジェクトの詳細について、Harsha Master(CTOオフィスのプリンシパル・システム・アーキテクト)とWim Rouwet(セキュア・コネクテッド・エッジ部門のシニア・プリンシパル・エンジニア)にインタビューを行いました。
Harsha:これは、コスト、サイズ、機能、柔軟性、再設定可能など、多くの点でまったく新しい特徴を備えています。市場で一般的な低価格SDRモデムは、特定の用途に対応する特定の機能を備えたFPGAベース製品です。NXP Long Term Innovation (LTI) SDR Developmentプラットフォームでは、高効率のプログラマブル・ベースバンド・プロセッサであるLA9310を使用しています。
市場では、同じ機能を備えたSDRモデムが約4~5倍の価格で販売されており、高機能なものになると20倍もの価格が付けられています。たとえば、このNXP LTI SDRボードは約250米ドルですが、市場に出回っている類似品は約2,500米ドルします。
機能を絞り、速度とコンピューティング性能を落とし、構成を固定するのが、従来のコスト削減の手法です。NXP LTI SDRボードの構想は、コストを下げながらも幅広いアプリケーションと機能に対応することでした。
NXP LTI SDRのメイン・ボードは、ベースバンド・プロセッサであるLA9310とホスト・プロセッサであるi.MX 8M Plusの固定レイアウトにより、システムを可能な限り安定させています。ドータ・ボードはプリメイド構成を選ぶことも、開発者がカスタムビルドすることも、サード・パーティ製品やベンダ製品から選択することもできます。
Wim:ドータ・ボードでは、アナログ(ベースバンドIO)ピンを用意したり、有線/無線通信プロトコルを実装したり、デジタル・オシロスコープやベクタ信号解析などの機能を実装したりできます。用途に応じて、さまざまな機能を組み合わせることができるのです。
ソフトウェアの面から言えば、このプロジェクトは複数のオープンソース・イニシアチブをサポートしています。たとえば、私たちNXPが注力している5Gの分野では、
OpenAirInterface、srsRAN、open5GS、open5gcのスタックに対応しています。もちろん、サード・パーティの商用ベンダにも対応しています。英国ブリストルを拠点とするVicinity Wirelessは、このプラットフォームを基に5G UEを開発しました。
もちろん、このプラットフォームでは、スタートアップ企業や学術機関だけでなくNXPの内部開発チームもサポートしています。
Harsha:LA9310は、NXP製品の中で最も効率が高く低消費電力のベースバンド・プロセッサです。また、一般的なエントリレベルのベースバンド・プロセッサであるためコストが低く、複雑な輸出管理制限も適用されません。NXP LA9310はFPGAベースのシステムよりも比較的高速でコンパクト、低消費電力でありながら、プログラム可能な機能を備えており柔軟性に優れています。適切なプラグ・アンド・プレイRFモジュールを選択することで、モデム、信号発生器、信号分析器として使用できます。
i.MX 8M PlusはNXP製MPUの中でも、4個のコアプロセッサ、TSNエンドポイント、ハードウェア・アクセラレータなどの独自の機能を搭載し、AI/ML、カメラ/ビデオ、IoTといった多様な用途に対応する、非常に人気のある製品です。i.MXプロセッサは、オートモーティブ、インダストリアル、ロボティクス、医療の分野で広く使用されています。LTI SDRでは中央制御プロセッサとして使用されており、求められるソフトウェア・スタックを実行します。たとえば、5Gレイヤ2/3はすべてi.MX 8M Plusで実行されます。
SN220は、モバイル市場で実績のあるコンボであるNFC-eUICC-Secure Elementソリューションの1つです。システム内に固有のインターフェースを備えているため、プラスチックSIMカードを使用しなくても、組込みSIMを使用した「リアル・モデム」として活用できます。開発者は独自の構想に応じて、さまざまな組み合わせで使用することができます。
このようなNXPプロセッサの組み合わせは非常に独自性の高いものです。多種多様なコンポーネントをすべて、1つのPCB上に組み合わせることができるのです。。ソフトウェア無線プラットフォームの詳細については、こちらをご覧ください。
Harsha:NXP内部の各グループ間の関係、また外部のより大きなエコシステムとの関係から言っても、このプロジェクトは「協力すれば良くなる」好例でした。少し話が戻りますが、私たちは通常、製品単位でイネーブルメントを実施しており、シンプルな製品についてはクラス最高の性能を誇ります。同時に、NXPが一般的な大規模顧客に対して実施しているソフトウェアのイネーブルメントとサポートは、スタートアップ企業や学術機関、オープンソース・コミュニティが望んでいる内容とは異なることを私たちは認識しています。このような前提として、競争力のある価格を実現する必要があります。
Wim:すべての課題を達成するために、ごく初期の段階で、エコシステムのニーズに特化したRFNMという名前の外部パートナー・イニシアチブを立ち上げることにしました。確かに、NXPでは一部の専門技術が「非公開」で開発されていますが、コミュニティには驚くべき可能性があります。NXPだけの力では得られない、想像力に富んだ応用的な発想が生まれるのです。助けになったのは、プラットフォームをオープン化したいというコミュニティからの後押しでした。BSPやドライバなどは既にNXPが公開しオープン・ソース化を支持しており、さらに多くの項目についてもオープン化を進めています。
Davide Cavion (RFNM):SDRとそれを中心としたエコシステムの構築をずっと夢見ていた人間として、LA9310に関わることができたのは思いがけない幸運でした。先ほどWimがオンボードFPGAが搭載されていない点に触れましたが、もう1つの重要な違いがあります。LA9310には、アナログのI/Qベースバンド・インターフェースが付属しているのです。市場の他の製品はフロントエンド、ミキサ、ADCを1つのチップに統合していますが、LA9310はボード上のミキサとADCの信号経路を分割してメザニン・コネクタを実装することができます。よくわからないようでしたら、結論だけ申し上げましょう。ソフトウェア側とデジタル側のすべてを考慮して、マザーボードを一度開発してしまえば、お客様は単純なAltiumテンプレートを基にしてドーターボードを非常に簡単に開発できます。
Wim:ご想像のとおり、NXPはそのようなトピックをすべて網羅し、取り組みを進めていますしかし、基礎的な研究の多くが本質的に非常にオープンであることも、私たちは認識しています。そのため、このようなボードを使用する学術機関やスタートアップ企業が、このプラットフォームのプログラム機能によって可能になる新しい波形や、i.MX 8M Plusプロセッサに搭載されているAI/ML機能を使用して、実践的な経験を得られるように配慮しています。低コストの開発ボードでは、RF帯域については明らかな限界がいくつもありますが、この点についても、根本的に新しいものを開発する場合と比べれば、スケールアップの方が機械的に開発を進められる可能性が高くなります。それに加え、6Gはさらにオープン性が強まり、ソフトウェア定義でアドホックな性質になると予想されていることを考えると、このタイプのプラットフォームこそ、業界の将来的な目標になることは間違いありません。このSDRが将来の6Gに取り入れらることを、私たちは確信しています。
Harsha:今すぐ入手できますよ。2023年後半にはソフトウェアが完成し、ハードウェアとソフトウェアの機能検証が行われていました。2024年初頭にボードが出荷され、その後もソフトウェアの高機能化が進められています。RFNMのウェブサイトから直接プラットフォームを注文できます。
Wim:まだやるべきことはたくさんあります。うまくいけば、第1バッチのボードの生産が終わるとすぐに第2バッチのボードの生産が開始されます。購入を希望される方は、今すぐに注文しておくことをお勧めします。NXPの立場から見ると、このプロジェクトに基づいて多数の新しい顧客エンゲージメントが生まれています。すべてのこのようなお客様がプロジェクトを構築し、デモを行い、最適化して、商業化を達成できるように、サポートする必要があります。そのために、現在私たちは多くの時間をかけて取り組みを進めています。そのSDRボード上の半導体製品が、来年以降に市販製品に採用されるのを、皆さんは目にすることになるでしょう。
Harsha:同時に、私たちはこのシステムの「お兄さん」バージョンを作れるかどうか検討しています。帯域幅やコンピューティング能力などを強化したバージョンです。これにより、このプラットフォームに現在欠けているスケーラビリティが補われることになります。うまくいけば、前回成功した手法を踏襲して、「クラウド・ファンディング」を実施しながらNXPからの支援も行われることになります。
Harsha Masterは、NXP SemiconductorsのCTOオフィスのプリンシパル・システム・アーキテクトです。主にインダストリー4.0および5G以降を専門としており、社内だけでなく社外からも資金提供を受けた5G/6Gインダストリアル・イノベーション・プロジェクトをサポートしています。Harshaは、フィーチャ・フォン、サテライト・デバイス、メディア/シグナリング・ゲートウェイ向けソフトウェア・スタックの設計/開発について、豊富な経験を有しています。また、ローカル・コネクティビティ・プラットフォーム向けアーキテクチャや、初期のスマートフォン・システム向けアーキテクチャを設計した経験もあります。Harshaは、ネットワーク、コミュニケーション、セキュリティの分野に深く関わり、積極的に活動しています。
Wim Rouwetは、NXP Semiconductorsのテクニカル・スタッフの中でも著名な人物です。Wimは、3GPP LTEと5Gに加え、802.11の処理スタックとその実装を主な専門としており、数多くの無線インフラストラクチャ・プロジェクトに関連する4G/5Gスタックの開発、スモールセル、CRANの実装を担当しています。
Francois Massot-PelletとFabian Mackenthunに謝辞を申し上げます。
このプロジェクトはNXPのロング・ターム・エボリューションの支援を受け、インダストリアル・イノベーション・ボードの指揮下で実施されています。